夜明けはいつになりますか

ゲーム畑在住アラサーオタク女、ニートからの社会復帰一年生による思考記録。

頭がおかしい子供

 明けましておめでとうございます。年末も年始もない思考記録ではありますが、挨拶くらいは流石に。



 子供という生き物は精神異常者であると、僕は考えている。少なくとも僕が彼らと同じ言動を取ったら、とりあえず先天的な知的障害ではないから、たぶん窓に格子の付いた病院に送られる。子供の真似とて食玩片手にスーパーの床に転がらば是即ち狂人也、大人げないことと言動が完全に子供のそれであることは別物であろう。
 未熟なのだから仕方がないと言えば確かにその通りで、未熟という正当な理由により不完全さが容認されているとも言える。

 そんな精神異常者を、年齢のみを基準として分類し収容する施設が「学校」だ。もしここに馴染めない子供がいても、その子を「社会不適合者」だなんて呼ばないであげて欲しい。だってみんな頭がおかしいのだから。

 子供同士は苦手だが大人との受け答えは出来る、不登校を発症する子には案外こういう子が多い。
 大人と子供、年齢に隔てられた感性の違いを超えて対話が出来る彼らは、おそらく社会不適合という言葉の対極に位置している。もちろん大人からの気遣いはあるだろうけれども、この人はこういう話が苦手だとか、適切な言葉が見つからないようだけどこう言いたいんだろうとか、そんな配慮は大人同士なら当たり前のものだ。
 しかし肉体の発達度が同じ程度の人間の大多数は、そうした気遣いをしてくれないのである。相手からの気遣いがなくて疲れることもあれば、自分だけが気を遣っているようでしんどいこともある。それが辛くて学校で話せなくなってしまうと、彼らには社会不適合のラベルが貼られる。クラスメイトからも、教師からも、親からも。
 恐ろしいことだ。職場とは別の趣味の人間関係を拠り所としている人は多いことと思うが、子供は「学校」という場で居場所を勝ち取れなければ社会的に死んだものと見做される。

 子供は何をするか分からないし、理屈が通じないから嫌だ。
 成人であれば許されるはずの主張を、同年代の人間が言ってはいけないのは何故か。説得力のある解説が、どこかにあるなら読んでみたいと思う。