夜明けはいつになりますか

ゲーム畑在住アラサーオタク女、ニートからの社会復帰一年生による思考記録。

別名メモ帳作家

 「あかほりさとる」というライトノベル作家について、思うところがある。



 僕の世代にはこの方のラノベで育ったオタクも多かろう。僕も友人に借りて、と言うか押し付けられて結構読んだ。

 ラノベとは、主にアニメ・漫画的なストーリーを書いた小説である。小説と言っても文学的価値を無視した10代・オタク向けの読み物なので、文章としてはあまり褒められないものも多い。一般作家では有川浩中村うさぎ(このお二方は元々ラノベレーベルの出身)、三浦しをん乙一などがそれっぽい文体だと思う。敬称略の独断で恐縮です。

 あかほり氏のライトノベルは紙の白さで有名であった。紙質の話ではもちろん無く、一行の文字数が少な過ぎて紙の白が眩しい。

 国語の授業での新聞記事の要約を思い出して頂きたいのだが、削っても意味が通じる語句はどれか、文字量を最低限に減らす作業は長文を書くより頭を使う。文庫本は一行40文字、それがメモ帳と揶揄されるほどの字数の文章で物語を運ぶのだから、化け物のような作家である。
 と言っても一行の中での文章力が凄いわけではなく、「ドォン!」の四文字だけで物音が表現されていることがままある。この行の下半分は白紙だ。
 しかしこの四文字から、読者は「ああ、彼があそこでアレを爆発させたのね」と状況が理解出来る。キャラクターが立っており、流れにも無理がなく、恐ろしく少ない文章の中にも物語の理解に必要な要素は揃っているからである。

 あかほり氏の本業はアニメの脚本家だ。それも外伝やアナザーストーリーを本にしませんかとお声が掛かるほどの売れっ子。だからこそ先述のような芸当が出来たのだろう、ライトノベルも脚本に近い形で、懇切丁寧に書かない、読まない、小難しい文章に掛ける労力を取り払って物語を楽しむ──僕にとっては「これぞラノベ」と思える本だった。残念ながら今は本業に専念しておられるそうで、ライトノベルの棚でお名前を見ることはない。

 僕も確実にこの方のラノベに影響を受けた。文章を書きながら、時折ではあるがこの語句は読者に必要なのか、あの情報が抜けてはいないかと自問することが出来るようになった。小説に限らず、大切な視点だ。
 しかしそれ以前に、このブログ自体は必要なのだろうか……切なくなるので深く考えるのはやめておこう。