夜明けはいつになりますか

ゲーム畑在住アラサーオタク女、ニートからの社会復帰一年生による思考記録。

「歴史を感じる場所」 #地元発見伝

「歴史を感じる場所」 #地元発見伝

 僕の住所の書き出しは四半世紀の間「京都府」で固定であるが、僕は「京都人」ではない。
 京都人とは京都市内中心部に住み、土地のしきたりを熟知し、日々それに従って暮らす人のことを言う。京都旅行の定番であろう嵯峨嵐山や宇治も京都人に言わせれば「京都ではない」、東京に対する軽井沢のような、別荘地という位置付けである。

 とはいえ僕も京都府南部住民の例に漏れず、「歴史を感じる」の感覚は全国平均から掛け離れている。何しろ平安や室町創業のお店がそこら中にゴロゴロしているのだ。江戸時代はちょっと古い、明治大正は比較的新しいものと認識している。
 明治創業のお店が老舗を名乗ると失笑を買うような土地だから、都市の歴史となれば尚更、京都は未だに東京を格下の新参者と捉えている節がある。江戸の名を留めていれば評価も違ったのだろうが、名を改め、古き良き街並みと歴史的背景を踏み潰し、現代の「東京」は戦後に形成された若い都市だ。
 東京は東の僻地の小京都と見做されているんじゃないだろうか、と生粋の京都人に尋ねたことはない。京都人と一絡げにするのは相手に失礼だろうし、肯定されてしまったらと思うと空恐ろしくて到底聞けない。

 しかし古都の民にも、歴史的に一目置かざるを得ない県はある。ちょっぴり地味な隣人、奈良県だ。

 この地味なお隣さんは京都より以前に都であった、というだけの理由ではない。京が千年の都なら、奈良は千年間、都でなくなった後も東大寺を筆頭とする寺院建築を守り抜いたのである。
 維持費の捻出の困難さは、首都として人も物も集まるのが当然だった京都とは比べ物にならなかったはずだ。かといって権力者に金銭的援助を求めれば、戦国時代に燃やされてしまっていただろう。商業的に厳しい土地で、時の権力からは宗教施設として距離を置きつつ、あれだけの歴史的建造物を保存する──生半可な言葉では表せないくらいの偉業である。

 そんな背景を背負っている奈良は、土地の空気を吸って、自分の足で歩いて、ゆったりと歴史を感じながら歩くには京都より適した街だと思う。と言うか、京都在住の僕はそういうものを求めて奈良に行く。

 京都も首都ではなくなったことを自覚して、凛と我が道貫く奈良を見習っては如何だろうか。僕は常々そう思っているが、口には出せない。京都人はやっぱり怖い。


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