夜明けはいつになりますか

ゲーム畑在住アラサーオタク女、ニートからの社会復帰一年生による思考記録。

そんな奴、反面教師としてすら認めないよ

 どこの学校にも悪名高い教師はいるものだ。だが、保護者に「あの先生が担任なら子供が不登校になっても仕方がない」「逆に学校に行かせたくない」とまで言わしめるのは相当である。赴任した先々で悪評を買い、同じ地域の小学校に子供を通わせる親なら必ず名前を知っているともなれば、もはやその邪悪さは伝説と言えよう。

 僕は6年間の小学校生活の内、3年間をそういう担任教師に持たれて過ごした。クラスは4つか5つ、1年毎に担任が変わったにも関わらず、低学年担当・高学年担当それぞれのワーストトップを総舐めし、内2年はイビリの標的にまでされた。どれだけ運がないんだとは思うが、お陰様で僕は中学お受験に臨むことに何の疑問も持たなかったので、ある意味感謝はしている。

 救いは両親が味方であったことと、父親が教師をしていたことだった。

 子供にとって、大人は何でも知っている全能の存在である。僕も基本的にはそう思っていたが、しかし父は担任と同じ教壇に立つ側の人間だ。だから両親に泣きついて「それは先生が間違っている」と言われると、実際にどちらが正しいかの判断はつかないまでも、「担任が間違っている可能性はある」と心の逃げ道を作ることが出来た。

 とはいえ、両親は盲目的に僕の味方だったわけではない。
 宿題の提出場所を間違えて、半日教壇の横に立たされたことがある。忘れたのではなく、国語の提出箱に算数のノートを入れてしまうという類の間違いだった。ここまでされるほど悪いことかよ、晒し者にするくらいならせめて廊下に出してくれ……とはその時も思った。
 で、僕が昼休みに学校を逃げ出したので大騒ぎになった、らしい。逃げ出さなければ午後も立たされたのだろうし、不当に重い罰が露見もしなかったのだろうと思うと空恐ろしいが、それはそれとして。
 提出場所を間違えたことと、逃げ出して大騒ぎにしたことは謝らなければいけないよ、と諭してくれたのは両親だった。でも、先生の罰はやり過ぎだから、先生の方から謝って来なければ何も言わないでおきなさい、とも。

 大人が全能ではないと気付いた後も、いや、気付いたからこそ、僕はそんな両親を尊敬している。

 良い親が居たから悪い先生に当たっても大丈夫だったんでしょう、と言われれば確かに自慢の両親だ。だが幼少期に反面教師的にしか出会えなかったのは大きな損失だったと思うし、彼らが未だ悪名と共に現役であると聞いてぞっとした。
 仕事が出来れば人間性は不問という業界もあるのだから、彼らには是非、教壇を退いてそちらに転向して頂きたいと思う今日この頃である。